ユリウスの肖像

18
(*以降に性表現が見られます)
ドレスと外出着をあつらえるために、カティアに伴われて評判の女性服の工房を訪れた。カティアや家政婦、料理人の誰かを同伴すること、顔が知られないように路上では黒いベールをかぶること、警備を一人以上付けることを条件に、ユリウスは外出が許された。そこで、さっそくカティアが、なじみの工房に連れて行ってくれたのだ。
カティアと女性の仕立て屋は、嬉々としてユリウスに様々な生地やレースをあてた。ユリウスがカティアと初めて会ったときに使った生地見本は、この工房のものだという。
「美しく装うのも女性の仕事の一つですよ」
工房の女性が、カティアとほぼ同じことを口にした。カティアによれば、美しくあることは女性の義務だという。そうかもしれない。ユリウスもまた、着飾った女性たちに見とれたものだったし、彼女たちがいると、その場が華やぐのを感じ取っていた。特にむさくるしい男子校では、美しく装った女性が一人いるだけで、空間が明るくなったものだ。
デザインの打ちあわせから始まり、仮縫いを経て、数週間後に外出着ができあがった。シルクグログランのジャケットとスカートで、控えめな紺色でありながらも、すばらしい質感の贅沢な品だ。おそろいの帽子と、レースを首元にふんだんにあしらったシルクジョーゼットのブラウスとセットになっている。
イブニングドレスのほうは、肩と背中が大きく開き、胸元も限界までくくられている。大胆に女性性を強調したドレスに、ユリウスは、ちょっとした羞恥心を覚えながらも、一段と大人の女性になったようで、どきどきした。素直に感想を述べたユリウスに、仕立て屋は満面の笑みを浮かべて言った。
「少しの間、目を瞑ってくださいませんか」
ふわり、と肩に何かがかけられた。目を瞑ると触感が鋭くなるようだ。なんという肌ざわりだろう。ウールはもちろんカシミアとも違う、軽くてやわらかくて肌に吸いつくような感じ。こんな生地は初めてだ。ユリウスから驚きと称賛の声が上がると、仕立て屋は楽しげに言った。
「すばらしいでしょう? ビキューナという生地なんですよ。たいへん希少で、珍しく入荷したところをカティアに押さえられてしまったの」
あつらえたドレスやショールが、どれも贅(ぜい)を尽くした品であることはユリウスにも分かった。こんな贅沢ができるのなら、侯爵のベッドに潜り込みたいという女性が後を絶たないのもうなずける。
しかし、ユリウスは、これが彼とベッドをともにした報酬だと考えたくはなかった。それは娼婦のすることだ。彼だけを相手にする娼婦。
娼婦の子。婚外子のユリウスが、子どものころ、いじめられ、投げつけられた言葉だ。結局、妾の子は妾になるものなのだろうか。
ドレス一式が館に届けられ、部屋で試着していたところに、レオニードが訪れた。ブランシュは、もうすでに彼の後ろで嬉しそうに尻尾を振っている。侯爵に付き添っていたロストフスキー中尉が、敬礼をして去るのが見えた。いっしょにいたカティアは、そっと辞した。
ユリウスが、肩がむきだしのドレスを着たまま階段をおりていくと、レオニードの視線を直接素肌に受けているようで、ぞくぞくした。彼の視線に耐えきれなくなって、うつむくと、下に何かが転がっているのが見えた。光に反射して、きらきらしている。それが何であるかが分かると、ユリウスは思わず叫んでしまった。
「わたしの室内履き!」
カティアに教えてもらいながら、ユリウスが自分の手で苦心しながら装飾を施した室内履きだった。ブランシュはユリウスの履物が大好きだ。つい先日も、靴をかじって叱られたところだったが、こりていないらしい。
ユリウスがかかんで、階段に転がっている履物を取りあげたときに、胸の谷間がレオニードの目に入った。やや大きくなったように見える。ユリウスのほうは、肩と胸の開いたドレスで、男の視線を浴びていることなど忘れたかのように階段をかけおりた。
「また、こんなにしてしまって。ブランシュ、どうして、わたしのものをかじるの? わたしは、おまえのものをかじったりしないでしょう?」
ユリウスは、ビーズの取れかかった履物を振り上げて、いたずらっ子を叩くふりをした。ブランシュは、ユリウスを怒らせたことが分からないのか、きょとんとしている。レオニードはというと、笑いを押し殺しているのか、肩が震えている。
「ユリウス、おまえがブランシュのものをかじったら、へんだろう?」
*
レオニードがユリウスを鏡台の前に立たせて、目を閉じるように言った。
命じられるままに目を閉じると、耳元や首元にレオニードの息づかいを感じる。ぞくぞくしているうちに、ずっしりしたものが、首のまわりにのせられた。真珠と何かのネックレス。
許可が出て、そっと目を開けると、ユリウスの瞳が驚きで輝いた。真っ赤に輝くルビー。ユリウスの口から感嘆の声がもれた。こんなに混じりけのない鮮やかな赤は初めてだ。首にかかっている真珠も、ほんのりとした虹色を浮かべていて美しい。思わず、それが幻ではないことを確かめるように、ユリウスの手が首元にのびた。
「気に入ったか」
耳元に吹きかかるレオニードの息に、ぞくっとしたユリウスの体がしなった。そのユリウスの姿を、鏡ごしに見るレオニードの瞳が深くなった。
きゃ、とユリウスが小さな悲鳴をあげた。レオニードの手がユリウスの開いた胸元に入り込んだのだ。ユリウスの口から可愛い声がもれ、体がのけぞった。ドレスが床に落ちる音がして、いまやネックレスをまとっただけの姿が鏡に映っていた。とっさにユリウスが目をそらすと、レオニードは彼女の顔を持ち上げ、自分の姿を見るようにと言う。
「きれいだ」
彼が首筋に唇を押しつけると、ユリウスの体に電流が走った。ユリウスの胸を優しくなでていたレオニードの大きな手の動きが少しずつ激しくなり、そして、下へ下へと移動し、ユリウスの敏感なところをとらえた。ユリウスがバランスを崩すと、レオニードの手が即座に腰をつかんで支えた。ユリウスは鏡台に手をついた。ユリウスの準備ができると、レオニードの攻撃が後ろから始まった。
「あ、レオニード、ま、待って!」
しかし、レオニードの動きは止まらない。
「いやか?」
いやじゃない。それどころか本能はそれを求めている。しかし、心のどこかにいびつに残っていた倫理観が訴えていた。
「動物のように、したら、いけないって、教会で」
絶え絶えにユリウスは言ったが、なおもレオニードの追撃はゆるめられない。
「ユリウス、自分を抑圧するな。解放しろ」
与えられ続けるうちに、ユリウスは抵抗しきれなくなった。あえぎ声がもれ始め、しだいに声が大きくなる。初めてのときに比べれば、ずいぶん慣れてきた。とはいえ、ユリウスはまだ青い果実だった。
「もう帰ってしまうの?」
レオニードは、一、二週間に一度、昼下がりにやって来ては、ことが終わると、ともに食事をしたりすることもなく帰って行く。この数週間で、滞在時間は長くなったが、それは、むつみあう回数が一回から二回に増えたからだ。レオニードは、弟妹との夕食での語らいを大切にしているし、夕食後も書斎にこもっているらしい。彼が多忙なのは知っている。自分を大切に扱ってくれているのも感じている。だが、どこからともなく鬱屈(うっくつ)とした気持ちがわき起こる。
――娼婦
ユリウスは胸元のルビーを見た。