ユリウスの肖像

にんむ -1905-
あ、金色の妖精だ。
ふわっとした金色の妖精が階段を降りてきた。
今はブンメイが進んで、妖精なんて嘘っぱちさ、って年上のいとこが言っていたけど。
まるでおとぎ話のようだった。
ろうそくのシャンデリアの光にあわせて金色の髪がきらきらして、すごくきれいだった。
そのあと、僕の家ではどこよりも早く電灯がつけられた。僕の家はブンメイカが進んでいるって、いとこは言っていた。おかげで、今は、ろうそく係の仕事が少なくなっちゃった。
妖精は一瞬ふわっと舞い上がった。
危ない、僕は叫ぶことしかできなかった。
帰宅したばかりのにいさまが駆けよって、落ちてくるその妖精を受け止めて、そしてとても大事そうに抱えた。
にいさま、すごくかっこよかった。
僕もあんな風にできたらなあ。
彼女とは絵本をいっしょに読んだ。
ロシア語が分からない彼女に、習ったばかりのフランス語をまじえながら僕が教えてあげた。
ロシアの歌も僕が教えてあげたんだ。
彼女は歌にあわせてピアノを弾いた。はじめての歌もきいただけで弾けた。
澄んだ高い声に僕はうっとりとした。
それから、庭で追いかけっこをしたり、内緒で木に登ったりした。いっしょに泥まみれになって、ヴェーラねえさまにあきれられたこともあったっけ。
ねえさまはとても優しいけれど、女だから僕といっしょに泥まみれになって遊ぶことはしない。
にいさまはとても忙しくて、僕となかなか遊んでくれない。本当はとても優しいんだけれど、ときどき少しおっかない。
ユリウスは、ねえさまやにいさまと違う。女の子なのに男の服を着ている。僕よりうんと年上なのに、妹か弟のように思えるときがある。男なのか女なのか分からなくなるときだって。不思議な人。もしかしたら本当に妖精なのかも。
ある日突然どこかに連れて行かれてしまった。にいさまにお願いして連れ戻してもらった。
そのあと、彼女は部屋に閉じこもってしまって出てこない。
もう1週間にもなる。
僕はユリウスに早く元気になってほしくて、温室の花を毎日届けているけれども、何の返事もない。
「ユリウスに何があったんですの」
ねえさまが聞いても、にいさまは、「皇帝陛下が」とか、「ほごめいれい」とか難しいことを言っていて、僕にはよく分からなかった。
ねえさまも納得していない様子だ。
ごはんもほとんど食べていないって、ねえさまも心配している。
にいさまは、彼女の部屋の前でノックしようかどうか、迷っていたこともある。でも、しんしは、しゅくじょの部屋に入っちゃいけないんだ。ねえさまにユリウスの様子を聞いてもいた。
ユリウス、どうしちゃったんだろう。
もういっしょに遊んでくれないのかな。
ユリウスが部屋に閉じこもって一週間ぐらいたったときだった。にいさまがモスクワの悪い人たちを退治に行く何日か前だった。
「リュドミール、頼みがあるんだが、聞いてくれるか」
にいさまが少しかがんで僕の目を覗き込んで言った。
にいさまが僕にあれをしなさい、これをしなさいと言うことはあっても、頼みごとをするなんて初めてだ。
「ユリウスといっしょに、おいしいお菓子を食べて、部屋から連れ出してくれないか。雪が積もったら庭でそり遊びをするのもいい」
ユリウスといっしょにお菓子を食べて遊ぶ。大賛成。
ユリウスの好きなりんごのケーキに生クリームをたっぷりかけようか。チーズケーキも好きだったな。
紅茶のジャムもたくさん用意しよう。はちみつもつけよう。
でも。
「ユリウスは部屋から出てくるかな」
「おまえが彼女の部屋に行けばいい。ちゃんと食べさせてやってくれ。頼んだぞ」
にいさまが僕を頼りにしてくれている。しゅくじょの部屋に入る許可もおりた。
「うん、任せて」
少し自信がなかったけど。ねえさまに相談してみよう。
「私が言ったことはユリウスには秘密だぞ。約束できるな。よし、おまえの任務成功を祈る」
にいさまは僕の肩に大きな手を置いた。
にいさまとの秘密のにんむに僕はわくわくした。ねえさまと相談して、作戦をねった。
そして僕は、このにんむに成功した。と思う。
にいさまに胸を張ってにんむのことを報告したら、今度はねえさまが部屋に閉じこもってしまった。
そして、にいさまはすごく忙しくなって、モスクワに悪いやつをやっつけに、行ってしまった。